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東京高等裁判所 昭和29年(ラ)493号 決定

抗告人(申立人) 合資会社植松組 外一名

相手方(相手方) 国

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人等代理人は、「原決定を取り消す。相手方を原告、抗告人等を被告とする東京地方裁判所八王子支部昭和二八年(ワ)第一六二号建物収去土地明渡及び家屋明渡請求事件の執行力ある和解調書正本に基いて、相手方が(一)昭和二十九年四月八日及び九日抗告人合資会社植松組所有の原決定添付目録記載の土地建物並びに有体動産に対してなした強制執行、(二)同年六月十日抗告人植松賢蔵所有の原決定添付目録記載の有体動産に対してなした強制執行は許きない。」との裁判を求め、その理由として別紙抗告理由記載のとおり主張した。

よつて按ずるに、本件記録並びに東京地方裁判所八王子支部昭和二十八年(ワ)第一六二号建物収去土地明渡及び家屋明渡請求事件の記録によると、本件強制執行の債務名義となつた和解調書の和解条項には抗告人等は相手方に対し本件土地及び建物(原決定添付目録記載のもの)を昭和三十年十二月末日限り明渡す旨を定めるほか、

第七項 被告会資会社植松組及び被告植松賢蔵(抗告人両名)は原告(相手方)に対し連滞して本件土地と建物に対する昭和二十五年四月一日より昭和二十八年八月三十一日までの賃料相当の損害金八十九万一千九百五十五円の支払義務あることを承認すること、

第八項 被告合資会社植松組及び被告植松賢蔵(抗告人両名)は原告(相手方)に対し連帯して前掲昭和三十年十二月末日限り明渡すべき土地建物に対する昭和二十八年九月一日より右明渡期日である昭和三十年十二月末日までの間賃料に相当する損害金として一ケ月につき金一万円宛の支払義務あることを承認し原告(相手方)の発行する納入告知書により各毎月末日にこれを支払うこと、

第九項 被告合資会社植松組及び被告植松賢蔵(抗告人両名)が右第八項の損害金の支払を三ケ月分以上滞つたときは右両名は前掲土地及び建物の明渡猶予期限の利益を失い即時土地及び建物の明渡と第七項掲記の損害金八十九万一千九百五十五円を請求せられその強制執行を受けるも異議ないこと、

と定められていること及び相手方は昭和二十九年三月十八日東京地方裁判所八王子支部に右和解条項所定の執行の条件を履行したことの証明書として

(イ)  昭和二十九年三月十九日付歳入徴収官関東財務局長井上義海作成東京地方裁判所八王子支部宛の「再三の請求にもかゝわらず抗告人等において前記和解条項第八項の履行をなさず収納未済であることを証明する。」旨の証明書一通、

(ロ)  同年三月四日附関東財務局立川出張所長岡戸金造作成関東財務局長宛の「係争事件の和解による普通財産の弁償金徴収について」と題する「前掲和解条項所定の昭和二十八年九月一日以降昭和二十九年二月末日までの一ケ月金一万円の割合による損害金の未納である。」旨の報告書一通

(ハ)  同年二月十八日付弁償金の納入方について」と題する抗告人合資会社植松組代表者植松賢蔵宛の未納金督促の通知に関する関東財務局決裁文書、

(ニ)  昭和二十八年十二月二日付、同月十四日付、昭和二十九年一月十三日付、同年二月十二日付の抗告人合資会社植松組代表者植松賢蔵宛関東財務局長井上義海作成名義の納入告知書の写各一通

を提出して右和解調書の執行文附与を申請したところ、裁判官の命令に基き昭和二十九年三月二十二日裁判所書記官において、抗告人両名に対する強制執行のため執行力ある正本一通を相手方に附与したこと並びに、相手方において右執行力ある正本に基き執行吏に委任して本件強制執行に及んだところ、抗告人等は前記各証明書の謄本が抗告人等に対し適法に送達されないことを主張して、原審に強制執行の方法に関する異議の申立をなしたのに対し、原審は、「右の如き分割弁済並びに分割弁済を条件と定められた債権は、債務者の利益のために定められた支払猶予期限であつて、債権者たる相手方が債務者たる申立人等に履行遅滞があるとして執行文附与の申請をなすには、民事訴訟法第五百十八条第二項にいわゆる証明書を以て、債務者の履行遅滞の事実を証明する必要なく、又強制執行を開始するにあたつても、右の証明書を送達する必要はなく、かえつて債務者において、強制執行を免れようとするとき分割金の滞りのないことを証明してこれが執行の停止又は制限を受けるべきである。」との理由で、抗告人等の異議申立を却下する旨の決定をなしたことが認められる。

当裁判所は、抗告人等主張の如く前掲和解条項は民事訴訟法第五百十八条第二項にいわゆる執行が条件に係る場合に該当するもので、従つて強制執行を始める前に右条件を履行したことの証明書の謄本を債務者に送達し又は同時に送達しなければならないものと解するのを相当と認める。ところで抗告人合資会社植松組は前記(イ)ないし(ニ)の証明書の中、(ロ)の証明書の謄本は右抗告会社に送達されない旨主張するので按ずるに、相手方を債権者とし、抗告人等を債務者とする東京地方裁判所八王子支部執行吏役場の昭和二十九年甲第三一八号執行事件の記録によれば、前記(ロ)の証明書の写がその他の証明書の写と共に右執行記録中に綴り込まれており且東京地方裁判所八王子支部昭和二十八年(ワ)第一六二号の証明書謄本を昭和二十九年四月八日午前十一時三十分(本件各強制執行を始める前又は遅くとも同時であることは前記執行事件の記録並びに東京地方裁判所八王子支部執行吏役場の昭和二十九年甲第三一七号執行事件の記録に徴して明らかである。)右抗告会社代表者植松賢蔵に送達した旨の送達報告書が右事件の記録中に存在するので、前記(ロ)の証明書の謄本は他の証明書の謄本とともに適法に抗告会社に送達されたことが一応疏明されるのであつて、他に右認定を覆し同抗告人の右主張事実を認めるに足る何等の資料が存在しないので、同抗告人の右主張は採用に値しない。

次に抗告人植松賢蔵は、同抗告人に対しては前記(イ)ないし(ニ)の証明書の謄本はすべて送達せられなかつた旨主張するので按ずるに、前掲執行事件の記録中に同抗告人に対しても昭和二十九年四月八日午前十一時三十分、東京地方裁判所昭和二十八年(ワ)第一六二号事件の証明書謄本が送達された旨の送達報告書が綴り込まれているので、特段の事情のない限り前記各証明書の謄本は、同抗告人に対しても適法に送達されたことが一応疏明されるのであつて、右認定を左右するに足る資料を見出すことはできない。よつて抗告人植松賢蔵の右主張もまた採用の限りでない。

してみると執行方法に関する抗告人等の異議の申立を却下した原決定は結局相当で、本件抗告は理由がないからこれを棄却することゝし、主文のとおり決定する。

(裁判官 浜田潔夫 仁井田秀穂 伊藤顕信)

抗告の理由

本件抗告理由は抗告人等が原裁判所に提出した強制執行方法に対する異議申立書及準備書面で陳述した通りであり其要旨は原決定理由中に要約されている。

尚左記の通り補足する。

右和解調書の和解条項七、八、九項は原決定理由記載の如きものであるが右の如き条項は民訴法第五百十八条第二項の其他の条件に繋る場合に該当するものである(東京地方裁判所長「所長西久保良行名」の管下裁判所に対する日記総庶第三九六号通達参照)から裁判所書記官は債権者が証明書を以て其条件を履行したことを証するときに限り執行力ある正本を付与すべきであり現に相手方は本件に於て右和解条項の条件を履行した証明書として右異議申立書記載のイ乃至トの各書類を提出しているのである。

而して裁判所書記官は右証明書類に依り民訴第五百二十条の規定に従つて執行力ある正本を附与したのであるからその正本に基く強制執行は右証明書類の各謄本を債務者に送達してから開始すべきである。

然るに債務者(抗告人)植松賢蔵には右証明書類の謄本を送達せず又債務者(抗告人)植松組には証明書の一部の謄本を送達せずに本件強制執行をした(東京地方裁判所八王子支部執行吏役場保管中の本件関係の執行記録を御取寄調査相成度)

抑々執行吏に取扱はせる強制執行に付ては成るべく法律上、実体上の判断をさせないで簡単明確に執行出来る様にとの配慮から形式要件を厳定整備することを計り形式要件を整備した場合に限り初て強制執行を許す建前で立法されているのであるから本件の場合でも債務者に対して強制執行を始める前に執行文を附与した「条件履行の証明書類」の謄本を債務者毎に送達すべきであるのに本件に於てはその送達がないのだから本件強制執行は不法であり許さるべきではない。

従て原決定は不当であるからその是正を求める為本件抗告に及ぶ次第であります。

【参考】原審決定

一、主 文

本件異議申立は却下する。

二、理 由

本件異議申立の要旨は、相手方は、申立人等と相手方間の当庁昭和二十八年(ワ)第一六二号建物収去土地明渡並びに家屋明渡請求事件につき、昭和二十八年八月三十一日成立の和解調書の執行力ある正本に基いて、当庁執行吏木村直広に委任し、昭和二十九年四月八日と九日に申立人合資会社植松組(以下植松組と略称する)所有の別紙目録記載の土地、建物に対する明渡しの執行並びに有体財産に対する差押の執行をなし、又同年六月十日申立人植松賢蔵所有の別紙目録記載の有体財産に対する差押の執行をした。

右強制執行の執行力ある正本は、前記和解調書に基いて、昭和二十九年三月二十二日当庁裁判所書記官が、民事訴訟法第五百十八条の規定に則り、相手方より(イ)証明書(関東財務局長より当庁宛の証書)(ロ)書状(関東財務局立川出張所作成のもの)(ハ)関東財務局決済文書(ニ)納入告知書の証明書の提出をえて、裁判官命によつて執行文を附与したものである。

相手方は同年四月六日当庁書記官より和解調書謄本二通前記(イ)乃至(ニ)の証明書謄本二通の下付を受け、和解調書の謄本は各一通宛申立人両名に送達したが、証明書の謄本は植松組に一通送達したのみで、植松賢蔵に対しては送達しなかつた。

又植松組に送達した証明書の謄本は、前記(ロ)書状の記載ないもので、相手方が民事訴訟法第五百十八条により当庁に提出し、これに基いて執行文附与を受けた証明書の謄本でない。即ち本件強制執行は植松組には無効の証明書の謄本を送達してなし、植松賢蔵には証明書を送達しないでなしたものであるから、これが執行の取消しを求めるため民事訴訟法第五百四十四条、第五百二十二条に則り本件異議申立をするというのである。

本件強制執行の債務名義となつた前記和解調書の和解条項には、申立人等は相手方に対し、本件土地、建物を昭和三十年十二月末日限り明渡す旨を定める外

七、植松組及び植松賢蔵は原告に対し(相手方)本件土地と建物に対する昭和二十五年四月一日より昭和二十八年八月三十一日までの賃料相当の損害金八十九万千九百五十五円の支払義務あることを承認すること、

八、植松組及び植松賢蔵は原告に対し、連帯して、昭和三十年十二月末日限り明渡すべき土地、建物に対する昭和二十八年九月一日より昭和三十年十二月末日迄の間賃料に相当する損害金として一ケ月に付、金一万円宛の支払義務あることを承認し、原告の発行する納入告知書により各毎月末日に之を支払うこと。

九、植松組及び植松賢蔵が右第八項の損害金の支払を三ケ月分以上滞つたときは、前記土地建物の明渡猶予期限の利益を失い、即時土地及び建物の明渡と第七項掲記の損害金八十九万千九百五十五円を請求せられ、その強制執行を受けるも異議ないことと定められておる。右の如き分割弁済並びに分割弁済を条件と定められた債権は、債務者の利益のために定められた支払猶予期限であつて、債権者たる相手方が債務者たる申立人等に履行遅滞があるとして執行文附与の申請をなすには、民事訴訟法第五百十八条第二項に所謂証明書を以て、債務者の履行遅滞の事実を証明する必要なく、又強制執行を開始するにあたつても、右の証明書を送達する必要はなく、かえつて債務者において、強制執行を免れようとするとき分割金の滞りのないことを証明してこれが執行の停止又は制限を受けるべきである。

然らばこれが証明書の送達を前提要件とする本件異議申立はこの点について既に不当であるから爾余の判断を省略し、主文のとおり決定する。

注 本件の和解条項については、原審及び抗告審の見解の外に、右のような条項は債権者に期限の利益を失わしめる権利を与えるものであつて、債権者はあらためて債務者に対しその趣旨の通知を要するとする見解がある。従つて実務上は、右のような問題が発生しないように「当然に」とか「何等の通知を要しないで」とかの文言を入れることによつて約旨を明確にする必要がある。

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